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第32話 聖地への船旅

Penulis: 青砥尭杜
last update Tanggal publikasi: 2025-02-24 21:09:40

 翌十月十九日の早朝。

 王都プログレの目抜き通りから一本中に入った出版関連の会社が集まるエリアに、ミズガルズ王国内では名の通った新聞社が社屋を構えていた。

 何人かの夜討ち朝駆けで鳴らす記者たちが、記事を書いたり仮眠したりと各々我関せずといった様子で仕事をこなす早朝の新聞社の社屋で、屋上に設置された伝書鳩の鳩舎にも一人の小太りな男性記者の姿があった。

 スクープに定評のある新聞社の中でも辣腕ぶりで知られた小太りな記者は、セナート帝国の諜報活動を掌握する筆頭魔道士団の第六席次シルビアと繋がるスパイでもあった。

 慣れた手つきで伝書鳩の脚に通信文を入れた小さな筒を取り付けた小太りな記者は、何の気負いもなく日常の業務として伝書鳩を飛ばした。

 伝書鳩の行き先はセナート帝国の極東に位置するヴォストークであり、伝書鳩をリレーしてセナート帝国の帝都マスクヴァとの通信文をやり取りする情報網は構築されてから既に十年余の運用に耐えていた。

 翌十月二十日の晴天に恵まれたプログレの港では、大型の客船が出航の準備を整えていた。

 秋晴れに映える真新しい純白の軍服も眩しいカイトと、就任したばかりの首席魔道士に護衛として同行するセリカとステラは連れ立って、正午の出航に合わせて客船に乗り込もうとしていた。

「いやあ、実に気持ちのいい天気だ。旅立ちにこれ以上のはなむけも無いな」

 青く澄み渡った秋空を見上げたセリカが感嘆も漏らすと、ステラは旅立つ三人の前に広がる海原へ目をやって相づちを返した。

「ええ、波も穏やかで本当に出航日和ね」

 セリカとステラの気心の知れた様子に触れたカイトは立ち止まると、セリカとステラに向かって頭を下げた。

「俺にとって初めての船旅、そしてこの世界だけじゃなく元の世界でも経験しなかった、初めての海外です。正直に言っちゃうと緊張してるし、首席魔道士なんて呼ばれててもまだまだこの世界のことを知りません。お二人を頼りにしちゃうと思います。よろしくお願いします」

 いきなり頭を下げて懇願を口にするカイトに対して、セリカはわずかに慌てた様子をみせた。

「カイト卿……! お気持ちは分かりましたので、まずは頭を上げてください」

 一方でカイトが胸のうちを素直に明かしてしまう様子に接したステラは、くすりと笑ってみせた。

「カイト卿。首席魔道士である卿はわたしたちをまとめ上げ、そして、わたしたちに命令する立場なんですよ」

 セリカとステラの反応を受けて、頭を上げたカイトは微苦笑を浮かべながら弁明を口にした。

「セリカ卿とステラ卿は、俺にとって魔道士としても国を護る軍人としても先輩です。今の自分の立場は理解してるつもりですが、お願いする時には頭ぐらい下げさせてください」

 カイトの意思を聞いたセリカは「困ったな」という表情を隠さずに感想を漏らした。

「なんとも、悩ましい意思表明ですね」

 一方のステラは微笑をカイトへ向けると、就任したばかりの若き首席魔道士への助言を口にした。

「カイト卿が好ましい人柄をお持ちであることはわたしも、セリカ卿も分かっております。ですが、立場が明確であることも軍人であるなら大事なことです。わたしたちへお願いするにしても、今後は頭を下げる必要はありません」

 ステラの助言を素直に受け入れたカイトはうなずいてから答えた。

「分かりました。では、今度からお願いする時は、胸のうちで頭を下げることにします」

 カイトの言葉を聞いたセリカとステラは、どちらからともなく顔を見合わせると揃って愉快そうに笑った。

 セリカとステラの笑い声につられてカイトも安心した笑顔をみせたタイミングで、客船の乗組員へカイトの荷物を渡し終えたストーリアがカイトのもとに駆け寄った。

「旅のご無事を心より祈っております」

 深々と頭を下げるストーリアに、カイトは明るい口調を意識しながら声をかけた。

「うん、ありがとう。初めての海外を楽しんでくるよ」

「はい」

 カイトの声に応じて頭を上げたストーリアが、まっすぐにカイトを見つめる。

 自分を見送ってくれるストーリアの心配の憂いを帯びた瞳の美しさに見蕩れてしまったカイトは、それをごまかそうと早口になってしまった。

「称号もらってくるだけだから。お土産を楽しみに安心して待ってて、なにがいいかないっぱい買ってくるよ」

「かしこまりました。無事のお帰りをお待ちしております」

 カイトが早口になってしまった自分の滑稽さに頭を掻くと、ストーリアは微笑みを向けて現在の主人を送り出した。

 大型客船へ乗船するカイトたちを、船長は自らタラップまで降りて出迎えた。

 船長は白い髭をたくわた迫力のある恰幅をした男だった。日に焼けた肌と顔に刻まれた深いしわがカイトに海の男を思い起こさせた。

「オリムパス号の船長、シルバラードです。皆様の快適な船旅をお約束します」

「よろしくお願いします」

 頼もしいと感じた船長に向かってカイトは気持ちよく頭を下げた。

 カイトたちを乗せた客船は予定通りの正午に出航した。

 目的地はウァティカヌス聖皇国。途中、二回の補給で寄港すると船長から説明を受けたカイトたち三人の魔道士は、それぞれに用意された一等客室へ移動した。

 船旅が初めてであるカイトの緊張と不安は、三日もすると杞憂に終わった。

 想像したよりも快適な約半月の航海を楽しんだカイトは、金銭を賭けてゲームをするという初めての体験も済ませた。

 娯楽の少ない船内でセリカとステラに誘われてポーカーに興じたカイトは、元の世界でギャンブルにまったく興味が無かったのは正解だったことを知ることになった。

 ポーカーの結果は冷静な判断と素晴らしい勝負強さをみせたステラが一人勝ちを収め、大負けを喫したカイトの負け額は王室御用達の宝飾店で値段を見ずにネックレスを選べる程度の額まで膨らんだ。

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